タイトル通り、神無月ミズハ氏が作成したゲーム「Jeux bleu」というゲームの感想を書いた記事。
当然ですがネタバレの温床ですので、未プレイの方は下記リンク先からプレイして下さい。
未プレイの方向けに少しだけ言及すると、精緻に整理された豊富な単語で織り成される水の精と人の物語です。
特に素晴らしいのが基本文章の表現力です。例を出してもいいのですが…そもそも体験版があります。
私が再度プレイして1番度肝を抜いた表現が、作品冒頭における主人公の体験を描いた一幕です。
殆ど存在しないとおもうのですが、このブログから上記のゲームを知ったという方は…体験版をDLして…chapter1の初めだけでいいからプレイして欲しい…
もし2025/8/17までにこの記事を閲覧した未プレイの変人さんは急いでプレイするんだ!!
3時間もあれば終わる!!!
その時に感じた想いと疑問点を抱いて、設定資料集を予約するんだ!!!!
走れ走れ!!!!!こんな記事を読んでる場合じゃない!!!!!
ここからが本題、感想に入っていきます。が、その前にその背景程度は書いときましょう。
はじめに
この感想を書くに至った理由を軽く書きます。
まず、大した記事では無いです。
それだけはしっかりと断っておきたい。
恐らくもっと素晴らしい考察をしている方や、魅力溢れる感想を書いている方がいます。
それでも書こうと思っていた理由は、前に言葉で表現出来なかったからです。その無念から。
実は私、この作品は感想を書く前から既プレイ済みでして。
分かり難いですが、時系列に直すと
去年9月にゲームプレイ&軽い感想→ずっとしっかりと感想を書きたい欲があった→7月に準備→8月に再プレイしこの記事を執筆した
となります。
軽い感想というのがこんな感じですね。
「涙の表現はかくも多様なのか」
このゲームを終えて、ふと一言思い呟いた感想です。
私がノベルゲームをプレイする時は頭に風景をなんとなく作りながら進めていくのですよ。
この解像度は文章の表現によって変化するのですが、このライターさんが魅せてくれる風景は…尽きる。
まぁ嘘は書いてません。嘘は書いてませんが、本当の事を書ききってもいません。
言葉でこの作品を評価・表現する事が出来なくて、逃げた文章を書いたのですよ。
これに対して結構後悔してまして、いつか可能な限り逃げずにこのゲームに向き合いたいと燻っていたのがずっと。もう1つ理由があるのですが、後で書きます。
(別件でデスリクという油の撒かれた枯葉があったので、後回しに出来ていた部分もある)
何故このタイミングでプレイし直し感想を書いたかといえば、来るべき8月17日にこのゲームの設定資料集が発売されてしまうから。
「あくまでも読者が作品を通して感じた事が全てであり、作家の意見など二の次でいい」
とは思っていますが、それでも設定資料集なんて劇薬を飲んでしまえば前の自分ではいられなくなるのは間違いありません。
かといって買ってしまえば、読んでしまうのは必然。
お菓子を複数個買ってしまうとその日の内に全て平らげてしまう私が、読みたいという誘惑に勝てる訳がないのです。
だったら、設定資料集が発売する前に決着を着けるしかありません。
しかし問題がありまして、それは理解への難易度です。
決して難解なシナリオではない(文章構成に使用している単語が日常では見かけないものが多いので難しく見えるが、しっかり読み解いていけば難解ではない筈)のですが、舞台がロシア、宗教、タイトルにロシア語(更には仏語等も使用されている。)など普通にプレイすると理解が及ばない箇所が数多くあります。
つまり無策で再プレイすれば、返り討ちに遭う予感しかしません。
そこで、時系列にある「7月の準備」が活きてきます(活きる予定だったんだけどな…)
なんとこのゲーム、フォルダのread me に参考資料が事細かに記載されています。
これを読んでからプレイすれば、前よりも理解が深まるのでは?と単純にも考えた訳ですね。
なのですが、結局読めたのは6作品。
「ソモフの妖怪物語」、「ロシアの神話」、「ロシア民族夜話」、「フョードロフ伝」、「ハムレット」、「水の精」
のみとなります。理由は見通しが甘く、時間切れです。
他のゲームをプレイしてたのがそもそもダメだった。
せめて聖書とチューホフ作品には目を通したかったんですが…またの機会にしたいと思う。
後は作者様のブログに書かれた情報も参考にしました。特にタイトルに関しては完全に引用の形です。
言い訳になりますが、やはりタイトルには一定の指針が欲しいとは思うのですよ。
(意図的に明示していなかったとは思います)
各本について
せっかくなので6つの本に関して軽く。
読んでて1番人生観を揺さぶられたのが「フョードロフ伝」。
彼の著作とも言える作品「共同事業の哲学」を読んでないと取っつきにくいし、特に最初の生立らへんはかなり?が浮かぶけど、初めてでも読めるよというか読んだ。
次が悩むけど「ソモフの妖怪物語」は普通に面白かったりしました。
その次…ではないけどほぼ同率に「ハムレット」と「水の精」を推す。
ハムレットは比喩表現がとんでもないです。其れだけで読む価値がある。
水の精はウンディーネのギミックが好みではある。後Jeux bleuを再プレイする際に1番役に立った。
残りの2つはロシアの歴史。「ロシア民族夜話」が分かりやすい入門で「ロシアの神話」が更に広く深く深堀されていた印象ですかね。
こんな感じです。グダグダです。稚拙です。自身の語彙と単語不足を呪います。
書き方としては、各chapter毎の感想をから軽く触れていき、次に主要メンバー3人の感想(ヴェーラは現状の情報では感想の域に達しないと思うので省略)、最後に作品全体の感想の構成で行こうと思います。
(各章の感想に関してはプレイ中のメモを参考に整理し小綺麗(笑)にしたものです。
それでも元の文章が書き殴りに近く、その上にすべて終えた後の感情を載せているので、更に不文律な文章になっていますが…ごめんなさい)
各章毎の感想
chapter1 Into deep water (深い水の中へ(≒苦境))
舐めてた。
本当に、油断してたとしか言いようが無い。
そもそも1周目の段階で、この作品の最も評価すべき感想まで至っていたんですよ。
その光景が目の前に広がっているかのような、圧倒的な描写力こそが最大の評価点だって。
何で忘れていたのだろう。

本当に適当に普通に書くなら
「ラリサ・エリシナは溺れていた。死の恐怖を前にでたらめに体を動かしたが、足が動かない。必死に水面を凝視しても助けになるものもなく。やがて彼女は死を受け入れた。」
に、なるのではないでしょーか?
流石に説明口調が過ぎるし適当ですが、それなりに真面目に書いてもいるのですよ。。。
それを此処迄…具体的且つ緻密に表現できるのかぁ…凄いなぁ…
可能な限り言葉にしてみた。
ラリサ・エリシナは苦しいと思った。空気を求めようにも肺の中には湖水が浸入し、必死になって口を動かそうとも唇に泡の一粒すら運ばれてこなかった。
開始早々の1文。この段階から水泡音が鳴っており、否が応でも溺れている様を自覚する。
後、泡の音だけは聞こえてくるのに、口には一切入ってこないという絶望。
「泡の一粒」という表現も好き
彼女は自分がここで死ぬのだろうと思い足掻くことを諦めたが背筋にぞっと悍ましいものが走り、生起した恐れはまるで神経を駆け巡る電気信号のようで、でたらめに身体を動かした。足に鋭い痛みが走る。動かない。
「生起」という言い回しが正にその通りですよね。
「体」ではなく「身体」なのもいい。
文もそうだが、使用している単語や漢字も表現に加担しているじゃないか!!
後さぁ?この文も1つ1つ区切り良く切ってるんだよ。
具体的には「。」で区切ってるんだけど、結果的に動かした→痛みが走る→動かないの滑らかに繋がってる。
ここは今気づいたな。仮に全部一緒くたに文章を出していたら、「動かない」という情報で完結していた気がする。
ここは3つに分割していたから、プレイ中、更に溺れているという絶望に触れられたのかも。
眼球は僅かな希望も見逃すまいとぎょろぎょろと回転する。網膜に頭上を疾走する銀鱗の煌めきが、水底に没する白骨じみた白樺の枝が、髪や細指に錯覚する水草が映った。
ここで画面情報とリンクする内容が登場。音と状況把握に夢中だった中で我に返る感覚があったね。
しかし恐怖に鈍った身体は底の方へ沈んでしまう。どうすることも出来ないと悟った彼女は死を覚悟した。耳鳴りめいた音が頭の中で反響する。
耳鳴りSEが本当に良い仕事をしてくれている。どうすることもできない。。。
目を閉じ、身体を水に任せた。筋肉が弛緩するのを感じ、岩のように重かった身体がふっと軽くなった。ラリサは死の瞬間に直面していると思った。この浮遊感は魂が肉体から遊離しようとしているためなのだと。
画面情報が暗転し、黒背景と白線の落下に変更。水のSEも復活し、落ちていく、落ちていく。
恐ろしいと感じたが、楽になるとも思った。瞼に覆われた視界は微光に満ちていた。曇り空から差し込む薄い膜のような明るさだった。意識が遠のいていく、それは猛烈な水魔が意志を暗い泥濘にしずみこませようとするような強引で耐えようのないものだった。
「泥濘」という言葉を軸に、誰にでも経験のある睡魔や薄目の際の明るさがポイントかも。溺死寸前なんて殆どの人間が経験していないけど、この2つは経験がある。共感しやすい。
光が薄れゆく中、しかしラリサは逃げたいと思った。この力場から逃れ、生きたいと。まだ死にたくないと。瞬間、彼女の口へまるで意志を持っているかのように水の流れが伝わった。
急変の前触れ。
流れは彼女の身体の内部へと侵入する、口腔を通り、気管支を抜け、肺や胃へと達した。
場面変更。蒼い揺らめき。口腔ってのがいい。口いっぱいに侵入されているのが見える。
それはしばらく彼女の体内の中で動き回っていたがやがてその身をずるりと引き出し、彼女を解放した。まるで捕食しようとした獲物が不味かったとでもいうように。捕食すべきでないと本能で察したかのように。そしてラリサは水中から強い力で引き上げられると草地の上に放置された。
水泡音が終わり、情報としての描写。この辺で一息ついた記憶がある。
ラリサの頭の中ではぴかぴかと星が瞬き、あらゆるものが白く揺らめいていた。肺が鈍く痛み呼吸が苦しかった。回らない頭で彼女はこれは罰だと考えた。大人たちへの言いつけに背いて森の奥へ独りで言ってしまった自分の。
終わってなかったぜ!!キィィィィィイイイイインーーーー!!!
しかし彼女は仕方のないことではないかと憤った。ー大人たちはヴェーラを死んだものとして扱い、彼女を探すのはもう私しかいないのだから。
この辺から舞台背景が語られ始める。
ラリサの頭上からまるで果実を煮詰めた時のような粘度のある音がし、湖面から魚が高く跳ね水柱の音が響いた。彼女は何か大きなものが迫る気配を察し、身を強ばらせた。獣だと思った、きっと舌なめずりの音だ。
煮詰めたようなSEが頭に突っ込まれます。危機は去っていない。
じっと見を閉じて瞼を震わせる、腥く熱い吐息が顔に吐きかけられるのを予想しながら。しかし頬に湿った何かが触れたと思えば蒸発したかのように消え去った。
彼女は起き上がって周囲に目を遣るがなにもいない、ただ湖面が麻織物のような壁を浮かべている。
ここで終了。「消え去った」までは心臓の音と黒白背景で起き上がってからは湖とラリサの立ち絵が出てくる。漸く、終わり。
改めて整理すると熱に浮かされたようにプレイしていたのも仕方ないと思う。
後、SEの使い方が…凄い。
上記文章に加えて、常に水泡音(所謂水に沈む時のブクブク音)が鳴っており、「耳鳴りめいた」の件ではキーンと甲高いSE音が鳴る。
ノベルゲームとしてはよくある表現なのですが、、、この作家さんでしか味わえない体験がある。
ノベルゲームとは体験のゲームとはよく言ったものですよ…
「よくある表現」と書いてますが、このSEの鳴らし方なんかはかなり吟味していると思う。
決して馴染みある体験では無いです。

ヴェーラの回想もまた盲目な彼女が感じたであろう体験をみっちり書き込まれているのですよ。
それをまた書いていくと、一生感想書きが終わらないので省略します。
(これは以降の感想にも言えます。特にラリサさんはほんっっとうに色々な事を世界に対して抱いているからか、本筋を超えて考察や散文を書きたくなるような要素を沢山放ってくる。放ってくるボールを自身のバットで撃ち返すのが今作(というか作者様の作品全般)の1番の楽しみ方だとは思いますが、そんなのを書いてるとそれこそ本当に一生感想書きが終わらないのである程度は省略しています)
改めて見直すと、成長後のスィニヤに共通する思考をヴェーラさんはしていたりするね。この世界は思っていたより優しいとか云々。
スィニヤにはヴェーラが確かに宿っていたのは後の展開から見ても間違いないですが、既に書いていたのか。

六ヶ月にも渡る長い長いラリサさんの講習を経て、chapter1は終了。
以降は途中の三ヶ月程は彼女達は断絶されていたので、この期間で基本的な関係は出来上がってると考えてもいいかもしれない。
最大の疑問点は何故、ラリサはスィニヤに教え続けたのか?本人も言っているが、ヴェーラに必要な情報さえ掴んでポイでも良かったのですから。
ここはシンプルにスィニヤを気に入ったでいいかも。友達と考えてたし。
そもそも最初の接触からして普段の彼女らしくない気はする。
初めの接触では亡きヴェーラに、この時の彼女の大多数を構成する要素に惹かれてスィニヤに接触した、が分かりやすい。
でも二回目は彼女の方から明確に会いに行ってる。スィニヤは決してヴェーラではないと理解しながら。
もしかしたら、この段階でラリサはスィニヤに惚れ込んでいたのかもしれない。
そしてスィニヤがヴェーラに酷似していなければ、後の展開は変わっていたのかもしれない。
何れにせよ、ラリサを考えるにはヴェーラの存在は必要不可欠。資料集はまだか。
chapter2 ночь и снег (夜と雪)
ラリサにとっての夜と雪。その中で亡きヴェーラを思い出し、本格的に不安定になっていく。

最後のごめんなさいはchapter3を見るなら単純にスィニヤに対しての拒絶でもいいが、少し違うと思ってる。
ヴェーラに対しての懺悔に近い、自身を責める為の言葉ではないだろうか。
ラリサから見た関係の変化と断絶の三ヶ月、そして決壊。
村には居場所が無く、スィニヤがいると慰めるが、何か納得出来なくて徐々に交流時間が短くなっていった。

プレイメモにおける感想では、
・スィニヤに会いに行っていた理由は、他にやれることも無かったから。
・抱き着き事件の原因は、スィニヤが鏡のような存在であったから。自身の見たくない部分を直視してしまいきつく当たってしまった。
と書いてありますね。
どうだろう?今にして考えるなら、前者は分からなくもないが、後者はヴェーラとスィニヤの天秤が大きく振れただけな気がする。
「結局ヴェーラがラリサの全てであり、それが変わりつつあるから不安定になった」というのが辿り付いた答えですからね。
メモにはもう1つ記載があって、凄く簡略するなら2人の喧嘩やすれ違いに近いって書いてました。
chapter3のスィニヤを見るなら、正にすれ違いが大正解でしたね。
そこから喧嘩にも発展していったし。物騒な喧嘩でしたが。
chapter3 Le rire de l’eau (水の笑い)
chapter名は「トリスタン・ツァラの仕事Ⅱ――詩篇」からだろう。
なのだが…私は読まずに来てしまった。
読めなかったのは無念だしそもそも企画倒れに近いし、読んだ感想がどうなるかは分からないが向き合ってから来たかった。。。
いつか読んでから少し追記したいな。少し調べてみるとツァラさんの詩集としては入門にもピッタリで訳も良いらしい。
それは置いとき、スィニヤさんから見た三ヶ月の断絶。ここからスィニヤにキャラクター性が肉付けされていく。

断絶の中でスィニヤさんは感情を手に入れていくのですが、同時に欲求も手に入れている。
それは総じて「ラリサと一緒にいたい」であり、以降の彼女は他の要素も加味した上で、それでもラリサと共にいたいという欲求に忠実に行動していく。
誰かと一緒にいたいという感情は、誰しもが抱く事がある感情・欲求なのは言うまでもないですし、それが異性との交流…身も蓋も無く書くなら子孫繁栄の為の欲求でない時も少なくない(なんか面倒な文章ですが、要は友人と一緒に居たいって感情です)
これこそ人間的であり、その為に必死で努力して進んでいる姿を見て、何も思えない訳がないのです。
この一連の流れをラリサが見ていたらサクッと仲良しこよしになったかもね。
…いや、想像できないな。それだけじゃダメか。
例の湖での別離のシーンではラリサとスィニヤで正反対に近い想いであった事が判明します。
まだまだ表面上の関係であり、何も理解出来てなかったという事か。

「スィニヤがラリサを追って、村を見つける」
「スィニヤが自身のルーツに至り、罪悪感を得る」
眩い程に能動的な描写をもって、chapter3は終了。
chapter4 Русалка (ルサールカ)
chapter名に相応しい、最も物語が動いた章。
タイトル的にもスィニヤに焦点を置いた話…の筈が、すっかりラリサに向いてしまった。
でも仕方ないとも思うのですよねぇ…

ラリサさん直々の答え合わせパートともいえる、スィニヤの要望に対する回答。
色々と考えていたのですが、この回答編を見て大体不正解だったので嘆いたりしました。
まぁ理解しようと努力するのが、1番大事だと思うので…かといって理解していると鼻を高くするのは、1番間違っている筈。
chapter3のスィニヤもそうですが、ラリサも含めて自身を顧みるという描写が多いよね。
ここで感じた事は当然沢山あったのですが、それを書き出すとラリサの感想が書けなくなるので…省略…
このchapterからラリサさんは本格的にスィニヤの感情の有と人間である事に拒絶を始めている。
その理由を当時のプレイメモで考えていたので置いときます。
散文
どうしてラリサは、スィニヤの心を認められなかったのか?
感情が溢れてしまったから。感情とは?一体どのような感情?
認めてしまえば、終わってしまうから。
何が?一体何が終わると?ヴェーラは死んでるし別人であることを彼女は知っているのに。それでも理由は間違いなくヴェーラの死だと思う。というかそれしか無いから。
では何なの?
目の前のヴェーラそっくりの外見に、ヴェーラの声に、心まで揃ってしまえば、それはヴェーラだから?
何を書いているんだ私は?でも良い線にいってる気がする。
スィニヤについて感じた事を少しでも言葉にしておく。
更に新しい感情を見つけて、益々人に近づいている。
個人的に印象に残っているのは2つで、1つ目は仲間はいなかったのか?という質問に対しての回答の「ラリサだけですよ」
何故か?と言われると印象に残っているからとしか書けないのですが、可能な限り言葉にしてみます。
散文です
3章、4章と感情を経てきて、スィニヤという存在がラリサという存在にどのような言葉を当てはめているかが気になっていたのかもしれない。
名付け親、育ての親(流石に違うか?)、親友、友人、片思い、などそれなりに当てはまりそうな単語を列挙する事は簡単だけど、しっくりとはこない。
そんななかで明示された単語の1つとして「仲間」が登場した。
仲間…仲間、か。。。意識の枠外から撃たれた感覚。
人との関係性、というよりは種族やコロニーに属する在り方として表現される言葉。の筈多分。
うーん、、、なんだろう。まーた逃げ言葉になるのですが、「仲間」という単語の響きや、構成されている漢字に温かみを感じてて、その言葉でスィニヤがラリサに即答で当てはめた事に、嬉しかったのかも?
もう1つは当然、「心持ちよ」
ラリサの感情が溢れ出して止まらなかったのも、仕方なかったと思いますよ。
chapter4にてレフ君が本格的に参戦した事は書いておかねばいけないでしょう。
一応書くと、一連のレフ君の行動は当然のものであり、当然の衝動の結果というだけだと思う。

彼をきっかけに色々と思いたった事柄があるのですが、ここで書くと後の感想が書けなくなるのでここも省略します…何回省略するんでしょうか?章の感想が成り立っていない気が…

chapter5 Good night(おやすみなさい)
タイトル名は流石に今章最後のラリサの眠りに対しての筈。
もっと書くなら、前章最後のラリサに関してを示している部分というか、意図して眠りについた後に次の章にいったでしょうね。
最後のラリサは間違いなく別人に変態する眠りですから。まさにおやすみなさいでしょう。
余談
全部余談じゃね?と余談と書いてて思ったけど気にしない。
前作「Child of Doppelgänger-Prequel-」をプレイしていて2,3番目に好きな理香子さんの考えが「眠りとはある種の死だと思う」
睡眠とは意識が断裂する事だしさ、いつの時間に明確に起きれるかも不明だもんな。これはある種の死じゃないか?と漠然と思っていた感情を言語化してくれたから。
この時の理香子さんはなぜ朝起きても私のままなのか?死とはある種の死なのだから変容する筈なのにと嘆いていましたが、今回のラリサさんはまさに死に向かう睡眠、おやすみなさいが相応しい挨拶だなぁと感じました。

この章を通して1番ラリサというキャラに近づけた気がする。
結局、彼女はヴェーラという親友を捨てられなかった。
ヴェーラへの気持ちがスィニアになってしまう事を酷く恐れたのが、不安定になった大部分の理由でしょう。
心があると、人間であると、認めてしまえば、スィニアへの想いでヴェーラが消えてしまう事を恐れたんだと思う。
そりゃ当時のロシアの年齢観は分かりませんが、大人が諦めた中で15歳の少女が1人で1か月森を捜索してたのですからね。
ラリサの両親もヴェーラ喪失後の彼女を見て「すっかり人が変わったようだ」と言っていたし。
レフ君のがいう所の1つの物事に耽溺してしまう性格をヴェーラ存命時は彼女に向けていたんだろうな。
以降はこの考えを軸に彼女を見ていきましたね。
もう一つ、印象に残ったのはフルネーム呼び。

どうやらロシア語における名前には様々な状況に合わせての愛称や短縮系があるっぽいのですよ。
それこそ今更過ぎるけどレフ君のラリサに対する「ラーラ」呼びは親しみを込めた呼び方になるらしい。
名前の呼び方だけでも様々な表現が出来そうですよねぇ。。。
日本語はあまりにも自由過ぎるのが少し問題点だね。
ロシア語には愛称文化?みたいなのとして上述の愛称や短縮系があるっぽいので、共通認識として表現できるのが強い。
でも日本語は愛称をいう人間すら加味に入れた愛称表現も出来るよな。
一応書いとくと、どっちが優れてるとかを書いてる訳では決してない。
プレイ当時にこの段階で困っていたのがスィニアだったりしましてね。
レフ君やラリサは私の言葉で語れそうだったのですが、スィニヤに関しては捉え切れてないなーと考えてプレイしていました。
ただ漠然とは浮かんでいて、フケーの水の精のウンディーネとの違いがヒントになるかなーと考えてました。
chapter6 L’Eau et les âmes (水と魂)
タイトルはガストン・バシュラールの著作名から来ているらしい。
原文がL’Eau et les Rêvesで水と夢、邦訳が水と夢。
翻訳された文章はあるっぽい。この作品の事を考えると直球のタイトル名なので読んでみたいですね。
一方で章の内容としてはラリサとスィニヤがイチャイチャしているだけ、と言ってしまってもいいかもしれません。
互いの認識を合わせ切ったという印象があります。
視界という最大の認識を交換しあい、これまで余すことなく感情をぶつけ合った結果ですね。
まず、スィニヤに関して1番驚いた事は、chapter6の形態変化までは外見に一切変化が無かったことです。

「あれ?でも確かにそうだな…うん、間違いない。……噓でしょ??」
だって、彼女の姿はchapter2と5ではまるで違うから。2と比較して5の段階では愛らしく、直情的な少女に見えたから。
そのように1周目のメモに書いていたから。事実2周目でも間違いなくそう感じた。
だからてっきり多少は手を加えていると思っていたのに…なんと、手を加えていないのです…多分ね。
これには本当に驚いた。
スィニヤは変わっていないのならば、つまり…私の見る目がchapter2から5を通して変わっていたという事だ。
あーもう答えじゃないか!!!何をchapter5までスィニヤを捉え切れないとか嘆いていたのですかね?
全てに向き合って、漸くラリサさんは落ち着く。
「許容と諦念の狭間で微笑む」、という表現が本当に彼女に合ってると思います。
そもそもが彼女は自分を責め過ぎなんですよね。

愛の件はフケーから引用しているとの事。
恐らく魂という表現もある程度持ってきていると思う。
だからどうした?と言われればそれまでですが。そもそもの表現として大好きなんですよね、魂。
ラーラにシーナ、ラーレンカにシーノニカ。
親しみを込める場合が母音がaになるように、より親しく親密な関係ならkaになるようにって感じなのかしら?
言葉の響きって…いいよね。口にすることで初めて生まれる感情があると思うのです。
chapter7 Wormwood, wormwood (苦い、苦いぞその言葉)
タイトル名はハムレットから「ニガヨモギ、ニガヨモギ」
参考文献として読んだハムレットでは「苦いぞ苦いぞ、ニガヨモギ」
かなり唐突に登場する言葉でして、普通に読んでいると面食らうと思う。事実面食らったので。
ニガヨモギって本当に苦いらしいから。目の前の劇の展開に呟いてしまったんだろうな。
たった一月で叔父に鞍替えした母親に心底失望した、ハムレットさん最上級の呪いの言葉でしょうね。
どんどん変貌する彼ですが、その最初の絶望ともいえますから。
まぁそれは置いといて、内容としてはオレグさんのお話、この作品の設定と彼の思想でしょう。
作品内容としてはあまり書く事が無い(と、当時の私は判断してました。軽視していたわけではないのですけどね)ので、散文的に感想を書きましょう。

chapter5ではラリサの為に目の交換をしたように見えましたが、実はスィニヤ自身も可能であればラリサの世界が見たかった。
スィニヤは…こーゆーとこがあるよね。基本ラリサの意見を尊重するのですが、その中でも自身の欲求を忠実に混ぜている。
chapter6でラリサを洞窟に連れて行っているのも、自身の欲求でしたし。
意外と強か…と書くべきなのか?強かというよりは自身に忠実が正しい気がするけど。
うん、忠実が正しいですね。

オレグさんの独白の中には死の克服への渇望があります。
恐ろしく話が脱線してるので
どんなに善く生きた人間も悪しき人間も等しく死が訪れる。
確かに何とも言えない不条理を感じるのは間違いないです。それでも隣人を愛する事を辞めない為には、全人類を不死にするしかない。
でも神の僕であるオレグさんにはキリストさんの復活が邪魔した訳か。
なにせ「復活」だから。死ななきゃ復活は出来ない。イエスでさえ1度死んでるのだから。
この辺の思想はドンピシャでフョードロフ伝で見た光景が重なります。
この「不死の渇望」の過程、その思想には共感するし素晴らしいと思うのですよね。
でも、本当に不死を実現されてしまうと…困る、気もします。
全ての物事は取り返しがつかないじゃないですか?
「2025年8月10日7時50分にこの感想を書いている」事はもう手遅れ。同じ時間にご飯を食べる事もコーヒーを飲むことも別のゲームをする事も出来ない。
でも、取り返しはつく。別に8時50分にご飯を食べればいいのだから。
物だってそうかもしれない。大事なヘッドホン、ゼンハイザーのHD650を壊したら取り返しがつかない。
これは経験ではなく物質的に喪失してるから、本当に取り返しがつかないのですが、取り返しつく。
別に新しいのを買いなおせばいいし、仮に一品物でも代用品を買えばいい。
暫くは不満だろうけど、どうせ時間が経てば慣れてしまう。
でも、人が死んだ場合は取り返しがつかない。
新しく別の人と知り合うっても意味が無いし、SFのように代用品としてAIを作っても何処かで違和感を感じてしまうのは古今東西の物語が語ってくれる。
人の死だけは、取り返しがつかない。
みんなそれを直感的に理解しているから、だから必死で生きてると思うのですよ。
それこそ不死の研究なんて最たるものだよね。死があるからこそ必死で行う研究だもん。
だから死を取り上げられるのは…困る…なぁと。
いや、不死になれたら大量の時間が出来るから穏やかになって案外平和になるかもしれませんけど。
あーやっぱり不死っていいな。
人口爆発もそれこそ宇宙に可能性を広げればいいし?フョードロフさんの意見は凄まじいとは思ってるし理解はしてる。
でも、私はどこまでいってもレフ・トルストイさん側なんだろうな。トルストイさんの事、フョードロフ伝の中でしか知らないけど…
もっと突飛な事を書けないもんかな。お尻が2つに割れてる位には当たり前の事しか書いてないじゃん。

ああ、それは苦いね。chapter名はそういう事だったのか…
滅茶苦茶遅まきながらに口が苦くなってきた。
3周目(いや、スィニヤやラリサとレフ君に夢中でこのchapterはあまりやり直してなかったんですよ…)にして、やっと理解出来た。
それに表面的な情報で物事の本質など判断できませんよ。
Тихие воды глубоки.(ティーヒイェ・ヴォードィ・グルボーキ)
chapter8
chapter名に関して
私なんかは結構ネタバレを気にしない人間なので、見るなと言われても見たりする事がある。
なので一応。
まぁここまで見てしまった未プレイの人には無駄な気もしますが、もう1つ位は保険を貼っておこう。
詳細
chapter8 душа в душу
ラリサの言葉を借りるなら魂と魂、その調和。
彼女自身もチューホフからの引用らしいので、その意味合いを深めるには読んでみるしかないのですが…ごめんなさい。
少し。ほんの少しだけ頑張って調べたのですけど、душаとはロシア語で魂、心で問題ないのですよ。
問題はдушуでして。こちらもロシア語として出てはくるのですが、、なんというか微妙。
どうにも大体の翻訳ソフトちゃんはウクライナ語として表示させたいらしく、調べたところウクライナの国歌にて同じ表記があった。恐らく意味も魂、心でしょう。
つまり…同じ意味合いの違う言葉によって表現された単語なのでしょうか?
国家が違う、ほんの少しだけ表記が違う、けれども意味は同じ。
ロシアとウクライナの関係性は切っても切れない関係である事は、少しだけ知ってる。
そう考えると、、、彼女たちの結末に相応しいタイトルコールだと思う。

1週間も失踪していた事にも驚くが、村に帰ってから数週間も生活出来た事にも驚くよね。
結構スィニヤと共同生活出来てたんだな。いや、出来なかったから結末に至ったのですね。

グイグイ来るね、スィニヤちゃん。
愛しのラリサに対して結構なお怒り顔で意地悪、詭弁家とまで言っとるでぇ…手厳しい。。。
経験してみないと、分からない。まぁ当然の事なんだよな。
本当にグイグイ…やりたい放題やってますね…こんな感じで書いてるとネガティブに捉えているように見えますが、若干の飽きれと多量の尊敬を込めて書いてます。

大まかな評価や感想は変わらないだろうが、周回すればする程に良い部分がどんどん見つかる男、レフ君。
村で過ごした数週間は彼女たちが過ごした時間というよりは、レフ君が悩み、それでも計画し決断に至るまでの時間だったのかもしれないですね。

青い焔に黒蝋燭、ヴェーラの母親のスィニヤの監禁にルサールカの週。
ソモフさんを思い出しますね。それは関係ないし関係ないと分かっていますが、くすぐったい楽しさがある。

死が悲劇的な生における美の終着点。。
うぐぐ、間違いなく少しは当てはまってるな。私の考えに。
ま、まぁいいや。先に進めよう。

ほんとにさぁ!!
ずるいって!!!
集落の名前がクパラって、まんまですね。
間違いなくスィニヤを受け入れてくれるじゃないですか。
あー正直に書きますけど、クパラ編見たかったなぁ…クパラって単語に込められた意味を大まかにでも知ってしまったから余計に。
襲われる一件があってからは、人前に出てはいけないというラリサの意見を聞くようになったスィニヤさん。
今後も色々な事を経験して成長するのでしょうね。
銃のSE、えぐいな。
特別に拘った訳では無いとは思うのだけど…なぜかこの作品のSEには惹かれている。
ボリスさんと犬との関係性は、一歩間違えればラリサとスィニヤもこの関係性になっていたという示唆なのでしょうか。
どっちの関係が優れているとかでは無いですが、好いと思う関係性はラリサとスィニヤですかね。
そもそもスィニヤがボリスさんの飼い犬の様になる姿が全く想像できない。
そして、最後。どうしたものか…
書けるだけ書いてみるか。
詳細
言葉に出来なくても言葉にしなくてはならないならば、頑張って答えにしてみよう。
先ずは、客観的な情報として私が感じた事を描こう。
展開が急、という事だ。
蛇に噛まれて終了というのは何処でも出来るからね。
ここで展開が急と思った理由の1つにボリスさんの銃の展開があるのは間違いない。
なんなら1周目でもここで決着を着けるだろうと思っていたので、ここを逃れて、助かったと思いきや、蛇に噛まれて終了である。なんてあっけない。無常だ。
パーヴェル長老やレフ君の協力も考えると更にやるせなくなる。
急に、あっけなく終わってしまう事を表現したかったのでしょうか?その中での彼女達の交感を見せたかったのだろうか。
次にBGMが素晴らしいという事です。これまでのBGMは決して悪くは無いですが、私の心を満たしたかと言えば満たせなかったというのは間違いないのですよね。
ピアノから始まり、急き立てるようなバイオリンの合流(かな?やっぱり一定の知識を習得する必要があると考える)が事態の深刻さを訴えてくる。嫌でも目の前の光景から逃げられなくなったように感じたな。
展開に関しては美しいと思う。
だけどここまで読んだのならばこの展開になる事は殆どの人が解る筈だ。それでも美しいと思う。
この部分は私はこの言葉で逃げようと思います。
ヨーリックの頭蓋骨に心が動かされはしませんでしたが、そんな私でも最後の1枚絵は知っていても心が揺れ動いた、それだけは書いて置きたい。
だけど1つだけ言葉にしなければ。何故ラリサは簡単に諦めてしまったのか。必死に生にしがみつかなかったのか。
スィニヤではなくラリサを見続けていた私だからこそこの問いには自分なりに答えを出したい。
幾つかの前提を考えてみよう。
ラリサにはある程度の未練は絶対にある。スィニヤの事にまだ見ぬクパラという希望がある。
少なくとも銃の魔の手から必死に逃げていたのだし、死にたくはない筈だ。
死が目の前に迫っているのに驚くほどに冷静だ。それこそふだん
解った。分かった。分かった。簡単だ。スィニヤだ。
ラリサがこの時未練以上に感じていた感情は、スィニヤが噛まれなくて良かったという安堵だ。(因みに上で書こうとしていたのは「それこそ普段とはラリサが慌ててスィニヤがなだめるのに。あの町」の段階で、あの町でラリサが何よりも慌てていたのはスィニヤの安否を気遣ってだと思いだしてこの答えに至った)
ラリサが死に際に提案したスィニヤとの融合や子どもに関する事を初めから覚悟して決めていたなら、それを理由にしても良かったんですけどね。
そうではないと思うので。
スィニヤの自傷による治療を必死に止めている点からしても、しっくりくる。
「スィニヤに安寧と幸福がありますように」
それだけの事だったんだね。
BGMのタイトルは中断された輪舞(ラ・ロンド・アンテルロンピュ)
本当に余談
まーた余談なんだけどこのタイトルのクラシック曲があるっぽい。ルネ・ベルトロさんの曲らしい。聴きたいが…情報が少ないしそもそもこの情報も本当かは怪しい。サイトはあったから存在した人物なのは間違いなさそうなのですが…
そう、中断されたんだよ。このBGM名から見ても意図的なのは間違いない。
いいんだけどいやよくない!!
やっぱりクパラ編見たかったよ、絶対受け入れてくれるじゃん。
受けいれて貰った後生活するじゃん?スィニヤはまだ人間の枠組なら非常識じゃん?だからやらかすだろうけどラリサがフォローするんですよ。けど、ラリサも包括的だからスィニヤの積極性には助けられる筈だ。
他の伝承に応じた生物もいるかもしれない。やっぱりキキーモラを対象にした生物は見たいし、魔女達やサバトも見たい。
最後には村ごと滅ぼされる結末に至りそうだけど、その過程を見たかったのは否定できない。
まぁここまで妄想出来る段階まで2人の関係性を描いて貰ったので。ここで終わりでも良いとは思うけど。
きっとあの結末が書きたかったんだと思うし、私もあの結末には満足している部分があるのは間違いないので。
キャラクターの感想
ラリサ
本作の語り部、ともいえるメインキャラ。
Jeux bleuは間違いなくスィニヤをメインに据えた作品ですし、8章タイトルから考えても両者にスポットを置いた作品だと思う。
なのですが、私が最も着目してしまったのが彼女単独であるのは間違いない。
幼馴染であるレフ君の言葉を引用するなら厭世的で、人となじめず、さながら犯罪のように一つの事物に耽溺してしまう性格。
私が感じた性格は誰も気にしていない事にすら気にして、意味を見出そうとして、出来ない事に落ち込む。
自罰的とはスィニヤが言ってた気がしますが、正にその通り。
その本質は優しさに溢れていたと思う。スィニヤが彼女を好きになったのは、初めに出会ったからだけではなかったと思う。描写されていない6ヶ月に些細だが積み重なる様な事がいっぱいあったのではないでしょうか。
今作においてはスィニヤに耽溺していく様子、それと同時にヴェーラを捨てられない葛藤に思い悩む姿が描かれている。
3章の再開からが分かりやすいきっかけですね。
彼女の思い悩む姿は非常に複雑で相反しあう感情や思考を織り成してぐちゃぐちゃになっているが、それこそが人間的であり彼女の魅力なのでしょう。
4章、6章の独白ともいえる描写は彼女の真骨頂ともいえる。
人一人分、それは人間が抱えられる関係の限界、自分を含めて一人以上に抱えられる人はいない。誰でも限られた範囲の中で自分や他人を抱えて生きているの。自分で精一杯なら、どうして他人と関係を保つためには自分を捨て、削って、広げた隙間に入れ込む。
これが苦しいからと他人との関係を捨ててしまえば孤独になり、反対に自分を切り詰めてしまえば自己を見失ってしまう。
本当に、本当に、色々と矛盾した感情を持ちながら進んで行ったラリサさんですが、突き詰めるとchapter4独白のこの部分に参っていたのかなとは思いました。
悩んで決断した結末はどうだったのでしょうか?
なりふり構わなければ、彼女が自身として生きる事は出来たのだと思います。
レフ君の治療やchapter7のナヴィアと呼ばれたルサールカの描写などを見ても、出来たのは間違いないし、その選択肢があると明示させていたようにも思える。
それでも、彼女はスィニヤを選んだ。
chapter1の死に間際とは状況が違いますが、異なる選択をした事は間違いない。
スィニヤを通して、彼女も変わっていったのでしょうね。

なんだろう、今まで何度も後悔や懺悔の為に使っていたラリサの象徴ともいえる単語が、
それこそ生まれ変わったかのように別物に聞こえたから。
不意に見ると涙が出てくる。注視しても涙が出てくる。表情も好い。
スィニヤ
本作のメイン。
水魔と呼ばれる種族であり、ヴェーラを取り込んだ状態でラリサと邂逅した。
設定上ヴェーラの魂が残っているので、作中の彼女の動作は度々にヴェーラと重なる部分が見える。
表面上の情報は此処までとして言葉にしてみよう。
chapterの感想でちょっと書きましたが、私がスィニヤを捉える為のヒントになったのはフケーの水の精のウンディーネです。
このウンディーネは水の精なのですが、スィニヤとは根本の設定や外見が異なっています。
外見は人間と変わらない絶世の美女であり、誰かからの愛を貰う事でのみ魂を得られる種族なんですよね。
この「外見が人間と変わらない」というのがポイントで、ウンディーネさんはそこまで苦は無く人間社会に溶け込めていました。
そして魂を得てからは更に磨きがかかり、誰からも愛される最強メインヒロインとして君臨したと言っていいです。
愛する人にどこまでも尽くし、その死後も愛し続ける…何一つとして文句のつけようがない。
でもね…何か足りないのですよ。愛らしいし私個人としても好きだけど…足りないな、と。
気づけばベルタルダ擁護派、みたいなのになってたしな。
でもウンディーネには非の打ちどころが無いし、逆にベルタルダは何処を打っても火花が散る火打石みたいな人物。
ベルタルダに惹かれたのはいつもの私特有の逆張り思考の癖かなと思ってもいました。
そこで登場したのがスィニヤさん。
スィニヤさんの動きも総じてウンディーネと似ています。愛する人に尽くす動きです。
でも、彼女は、動くのですよ。自ら、選びに行く。能動的に動きに行く。
此処が最大の差で、ウンディーネは婚姻に関してや、婚姻後の不和の関係に関しても動かない訳では決してないのですが、どうにも消極的で、愛する人の判断に全て首肯している印象が拭えない。
それに比べるとスィニヤはまぁ面倒じゃないですか。
ラリサの言う事でも納得がいかなければ文句は言うし、勝手に行動するし、従順に見えて結構言う事を聞かないし。
非常に人間らしいと思います。
chapter2から5にかけて彼女の見た目が変わったように見えたのは、決して慣れたからでは無いでしょう。
その振る舞いに、懐かしさと親しみを覚えたから。
能動的に動き、刹那的な感情を重視し、良くも悪くも後先を考えずに、今を意識して動く。
あー可愛いな、と思ってしまったから。どうしようもないのかもしれません。
愛らしくも人間のように淫靡な、ルサールカ。

その為だけにやり直してみたりもして、1番しっくりきたものを。
これこそがスィニヤ。スィニヤらしいと思う。
レフ
本作におけるサブキャラクター、と書くと若干ネガティブな印象がありますね。
それでもスィニヤ・ラリサをメインとするのであれば、彼はサブと表現するのが間違いはないかなと。
しかし、作中で1番「人間だからこそ選択出来た」行動を魅せつけたのが彼であるのは私の中では揺るぎようがありません。
見えない神様よりも生命に固執する。そんな彼がスィニヤの姿を見て若干でも暴走するのは必然でしょう。
chapter4感想にも書きましたが「意味が分からない、でも美しいと思う」は、個人的に大好きな言葉の1つ。
……言い訳にしか見えないでしょうが、この言葉に救われた自分がいましたから。
突き詰めればchapter5までの彼の行動はこの一言で説明がつくと思ってる。
そんな彼の見せ場と言えばやはりchapter8である事は間違いありませんし、否定出来ません。
その行動や言語1つ1つが何度も私の中で響いたのは、chapter8の感想を見れば解ると思う。
一体何が彼をここまで動かしたのだろう?
という問いにも克明な回答が。
「求めるのはただ一つ、君たちの幸せなんだ」

間違いなく、その背中が見えなくなるまで耐えていたのでしょう。
感想
表面的な感想から書きます。思えば前回はこんな事すら書かずに逃げましたからね。
プレイ時間は数時間、一気に読んでしまえば3時間前後で終わります。
評価点は、文章全て。
多種多様な言葉を用いて、描写の一つ一つを丁寧に、精緻に表現し描いている。
相変わらずの見事な「ミクロ描写」とも言える書き方によって、物語に深く移入できる。
同時に物語の主軸だけでなく、他の枝葉の部分にもスポットが当たるから、色々な感情を想起させる内容になってると思うのですよ。
物語の語り部であるラリサの心境の数々は彼女の在り方を表現する物語としての要素でしたが、その心境は様々な形で私を揺らした。
読む人によって揺れる箇所とその強弱が異なるでしょうね。
結局、1番惹かれている部分がここなんだろうな。
ミクロ描写…適当に書いたが何処かしっくりくる。
次に評価したいのはノベルゲームとしてのゲーム性。
これは前作から思っていたのですが、作者様はノベルゲームとしての演出が上手い。
SEの使い方やBGMの使い分け、後は暗転など。「ノベル」部分が素晴らしいのは上で散々書きましたが、「ゲーム」として付与出来る部分も大変良いのですよ。
chapter4の感想にも書いたが、ルサールカのラリサ独白のシーンの暗転(ここまで書いてなんだけど「暗転」であってるのか?)
この暗転という1つのゲーム要素で背中に水を流されたかのように目が覚める。
ノベルゲームでゲーム性と書くと、選択肢による分岐とかシュミレーション要素やダンガンロンパのような別ゲームジャンルとしての要素の盛り込みを想像しますが、「クリックして次の文に進む」事にもゲーム性を感じる私からすると、SEや演出なども十分ゲーム性です。
可能な限り良い物を作り出したいという想いが見えてくる。
もう一つ決して忘れてはいけないのが、世界観の構築ですね。舞台背景とか。
もう当たり前の要素として受け入れながらプレイしていたので忘れかけていましたが、ロシアの片田舎の…日本に居る私から考えるなら異国の物語としての世界観をしっかりと引き出しているのは間違いないと思います。
プレイする事で別の世界を体験出来るというのはノベルゲームの醍醐味ですから。
read me の参考文献を見ても、相当気合を入れて作っているのが見えてくる。
では短所…ゲームを評価するならばここも逃げずに考える必要がある。
まず筆頭に上がるのは……ある意味での文章全て。
これは評価点と逆で、精緻に表現する方法に日常生活では使わない単語を使用している事から(作中でも狭隘、無聊など。他にもタスカーなどロシア単語もあったり)
鳥瞰、などは文章や漢字、その響きでなんとなく分かるのだが、上に挙げた単語は私では初回プレイでは分からなかった単語。
当然その場その場で調べれば良いのだが、没入感が損なわれるのは間違いない。
正直これは知識が足りない人間の嘆きに近く、作者様もルビを振ったりと一定以上の工夫を凝らしているので欠点に入れたくない気持ちはあるのですが…
強いて書くなら賛否両論にしたかったけど、賛の部分はどうしても評価点として絶賛したかったので、否としてこちらに記載した。
こればっかりは表裏一体なので何とも言えない。個人的な対応方法はジャンル分けだ。
精緻な文を読みたいか、砕けた文を読みたいか。その時々に合わせて変えればいいのだから。
少なくとも、私はこの何処か冷たく精緻だが、溢れるような情報のある文章に触れたいのは間違いない。
その次に挙げるべきなのは、やっぱり舞台背景とその表現に使用された言語でしょう。
また評価点と矛盾するような事を書いているのですが、日本の人がプレイするなら大体の人は面食らうとは思います。
上に挙げた日常で使わない単語のハードルをクリアしたとしても、今作は多分18,9世紀のロシアが舞台であり、そこに古代スラヴに関する知識やキリスト教に関する事柄まで混ざっていますからね。
タイトルも初見で見るなら、英語表記とchapter4と8が解るって人は結構多いと思う。
今作は難解、という感想が多いらしいですが、完全否定するのは難しいのは事実。
別にこれらの知識が無くても物語の本質は十分に楽しめるのは間違いないです。ある意味未知と出会いながら物語を楽しめると思います。
しかし、ほんの少しだけお勉強をした後でプレイし直した私の意見としては、「物語を読むのに余裕が出来る」のは間違いないです。
思えば1周目は世界観の咀嚼にそこそこのリソースを持っていかれてた気がするもの。
もう少し長編なら、咀嚼しきってから物語に向き合う時間があったかもしれませんが、この作品のプレイ時間は2時間ちょいといった所ですからね。
それこそ設定資料集が発売出来るレベルな訳ですし。。。つまり…クリア後の最低限のTips?
ただ、これもなぁ…少なくとも私は何でもかんでも明示するシナリオやゲームは大嫌いでして。
塩梅が難しい。それこそラリサさんの人間関係じゃないけど、その調整が難しい。
やはり最低限のTips、になるかなぁ?
最後に挙げるとすれば物語としての面白さ、になるでしょう。
確かに美しく、示唆に富む内容なのですが、面白いから読み進めていったかというと疑問が残る。
これこそが前回の感想にて逃げた最大の理由でもあります。
ここまで書いたので率直に書きますが、前作の「Child of Doppelgänger-Prequel-」の方が物語として面白いと感じたからです。
当然前作も、評価点にあるミクロ表現で描かれていますから。当然没入感溢れる素晴らしい表現です。
そこに加えて、舞台が現代であるため今作以上に没入しやすく、物語が長く起伏に富んでおり、登場人物が多い事も結果として好さに繋がっていたと思う(Child of Doppelgänger-Prequel-はプレイが1年以上前なので曖昧な部分があります。こちらも次作が出るタイミングで感想を書きたいですね)
一方でJeux bleuは物語という点では評価しきれなかったのは事実。だからこそ涙の表現の素晴らしさや情景に関しての評価で逃げたのでしょうし。
私は本作品でラリサさんを追いかけていた訳ですが、それって前作で言う理香子さんを追いかけていたのとそこまで差異ある?と言われると…難しい。
2人は明確に別人です。理香子さんは向き合う事から逃げたが、ラリサさんは向き合う事からは逃げなかった。
でも大体似てるのは事実でして…
だったら前作で良くね?とか真正面から言われると、流石にぶん殴りますが言いたい事は分かる。
表面的な感想は此処迄とします。
具体的な感想を。改めて向き合って何を思ったか。何処に何を感じたか。
この作品はラリサとスィニヤの関係性を描いた物語です。
それ以上でもそれ以下でもないでしょう。
この感想に至るきっかけになったのは以下のシーン。

レフ君がスィニヤに夢中になり、内心を隠しながらラリサに対して状況を把握するために質問した場面。その際のラリサの心境。
そして彼女は儀式として発する「ええ、分かるわ」と。
レフ君の建前に対してラリサが彼との昔からの関係から、その建前を打ち崩せないと知っていたから、関係性の潤滑油として発した肯定文。
この潤滑油があったからこそ、二人は友達として長く付き合い続けられたのだと思う。
他にも様々な潤滑油があって、あればあるだけ関係性が心地よくなるんだろうね。
でも、この潤滑油を使うという事は、直で触れ合う事を諦めてしまっている。
殆どの場合の関係性では潤滑油を用意するのが正しいのだろうけどもね。
仮に潤滑油無しで全員と交流しようものなら、人間関係がパンクする前に自身がパンクすると思うもの。
原則、人間関係は深入りするものではない。誰も幸せになれないから。
一方でラリサとスィニヤの出会いからその終わりまでには、一切といって良い程に潤滑油が存在しません。
もう休みなしの容赦のない殴り合いです。見ててしんどいです。
殺しかけます。現代社会では非常に不味いです。最悪捕まります。
でも、凄いと思ったのですよ。
捕まる抜きにしても、此処迄出来るだろうかと。
私ならボリスさんと犬の関係で満足してしまうのではないかと。
chapter1は唯の邂逅です。
きっかけのあった2人が、きっかけのままに交流を開始しただけ。
プレイメモで他にやる事がなかったからというのもあながち間違いではないと思う。
もしかしたら、互いに既に一目惚れしていたのでは?とは考えてはいたりするけど。
でも、この段階から関係の齟齬はあったし、そもそもスィニヤは感情を会得しきってなかったし。
chapter2と3では、同じ景色でもお互いに見えていた風景が異なる事。
寧ろ異なっていたからこそ関係が断裂。
自身の事を顧みて、見えないふり(本当に見えてない)から脱却し、再開を焦がれる。
もう一度話をしようと再会して、初めての対話。
この辺は今見直すと、見解相違による友人同士の喧嘩にしか見えないですね。
chapter4では互いの内心を隠さず吐露し、理解しようと努力をするが、どうしても出来なくて対立。
chapter5ではそれでも向き合い、遂には認識を交換する決断までする。
chapter6と7,8を通して、相手の言い分を経験という形で真の意味で理解し、また1つ分かり合ってゆく。
その結末で中断されてしまいましたが、もう書く必要はないのかもしれない。
既に2人の関係性は描き切っているのだから。
種族が違う、生まれが違う、環境が違う、常識が違う、見える景色が違う。
それでも、隠さず向き合えば、魂と魂を通わせることが出来る。
この作品をプレイして、羨ましいと感じました。
これほどの関係性を構築出来る事を。
自分も少しでも頑張ってみようと思いましたね。

Jeux bleu(青い戯れ)、恐らくフランス語で発音は「ジュウ ブル」
蛇足
後はロシアの名前の呼び方が好きですね。もっとロシアを舞台にするかロシア語の名前をリスペクトした異世界ものでこの表現を出して欲しい。
ラリサの唇の血の描写が好きです。彼女の涙の表現の1つなのでしょうが、自傷を交えて泣いてるのが彼女らしい、好き。
今更だけど、タイトル画面もいいよね。何がいいってやっぱりSEですよ。なんかSEばっかり書いてるな。でもSE好きだし仕方ないじゃないですか。
他には…うん。涙の多様性に感激した1周目の私は別に間違ってなかったわ。だって感激するってそりゃあさ。改めてやり直して見えたベスト涙賞はレフ君の啜り泣くかもしれない。思ったよりレフ君に移入している気がする。
あとあとあとあと、やっぱりchapter1の溺れる部分は最高だと思うのですって!!もう溺れる部分だけリピート再生してもいいんじゃないかな?意味わかんないね!!!

